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日記

公開型日記

日記十三

メモ

 

ヒットソングは人の脳が心地よいと感じるように出来てるので、それに引っかかってしまうのは本能といえば本能

 

十二星座占いに限らず、占いというのはカテゴライズから見た特徴なので、「人種」のようなものである。

日記十二

とってもとってもとっても楽しかった。

5万年ぶりくらいに聴けた曲もあったし、対バン相手さんのKraもとっても楽しかった。

やっぱり好きになった時もウシノシタ団だったし、その頃と比べることがとても多いけど確実にポジティブに変わったことの方が多くてとてもしみじみする。

あの頃HEROもKraも名前は知っていたけどきっと一生見ずにバンギャル生命を終わらせるんだろうなぁと思っていたし、まさか自分がそういうバンドを楽しめるようなバンギャルになると思っていなかった。

にゃんにゃんするフリは変顔して振り向くより100倍照れた。

 

好きなようにしてちゃんと楽しいライブっていいなぁと思います( ¨̮ )

 

シャンディガフがマイブームです。

最近何食べてもあんまり美味しくなくて、とにかく味の濃いものとスイカバーだけで過ごしたい気分でいっぱいなので、体を壊さないように頑張りたいです。

 

やりたいことも、やらなきゃいけないこともどちらも沢山あって充実していて、とても良いなぁと思います◎ すばらしい◎

日記十一

初夏だなぁと思います。自転車に乗るのがいい季節なので、そろそろ壊れているハンドルのグリップ部分を直さねばなぁと思いました。

 

気候は春が好きだけど、空気は夏が好きです。

 

先日は松本まで遠征しました。だいたい年に1回遠征するんだけど(ほぼ旅行)天気に恵まれていい遠征でした。帰ってきてすぐ肉フェスに行き、肉を食べ酒を飲み翌日ようやく緊張の糸が解れて死んだように寝ました。連日遠征続きのバンギャルってすげぇなと思うとともに、社会人になっても遠征そんなにしないなと思いました(体力がミジンコ)

 

あとはコンタクトの度とかいろいろをメンテナンスしてもらってめちゃくちゃ視界が良好になったのでライブが楽しみだなぁという気持ちです。

 

普通な生活が楽しくて何よりです。それのみ!

 

日記十

前回の投稿から16日も経っていたことに戦慄している。毎日書くと意気込んでいた時の自分を叩きたい。前例を100回確認しろ。

 

何故だか解らないけど最近よく「死」について考えます。自分が死んだらどうなるかなということは勿論、他人が死んだ時のこととか。

前者を考えても「まぁ死んだらこうやって考えてることも無駄になるしなぁ。」という具合で実に現実味がない。

しかし後者は瞬間で涙が出てくるくらい嫌だ。

例えば好きなバンドのライブに言ってる時でもそういった無駄なことを考えている。ライブに集中してくれ自分。

漠然と「この人たちが死んだらどうしようかなぁ」と思うわけだけど、血の気が引いたあと泣く。直感で「あ。嫌だ。」と思う。

 

死を受け入れて前に進もうみたいな考えが私はあまり好きではない。

出来たら、大好きな人が死んだ時はどうにも生活ができなくて廃人のようになりたい。そのまま緩く死んでいきたい。

しかし人間はうまく出来ているようで、例えば誰かが死ぬことを想像してどれだけのダメージがあるかを考える。実際に受けるダメージは想像のダメージを超えない。つまり「なんだ、意外とショックじゃない」状態になるわけだ。

これは私が望む廃人にならないための防衛本能だと思う。全ては生きて子孫を残すために。

人間の本能って基本的に「種を絶やさぬため」だと思うんだよね。人間に限らず生きているもの。感情すらその本能に操られているようで時たま虚しくなる。

 

デニーズに入って2時間ほど経とうとしてます。店員の目が痛い。

 

無駄な思考があるせいでなかなか生きにくいなぁと言うことは中学生の時から思っているけど、そこに諦めを付けることでついてくる人は沢山いるなぁと思います。

社会人になった苦労しそうだねぇと苦笑いするあの人事の人もいる訳だけど、まぁそんなのは今までたくさんあったし。

これからは周りをどう私の毒に染めるか、だと思います。

この後も面接だよ!頑張ろうね!!

 

日記九

わりと世界に絶望していた大学一年生から二年生の時は就職活動クソくらえと思ってたし絶対してやるものかと思っていたけど今その嫌だった就活をやっている。今日は就活を私がしようと思った理由をお話しようと思う。

 

まぁ、今年の1月くらいまで全然その気がなくて「単位も残ってるしぬるぬるやってどうにかこうにかフリーターでやっていくことを親に許して頂きましょうかね」と思っていました。

何時だったか忘れたけれど、突然やる気になった。否、やる気はいつでもないので正確には「やってやってもいいけど?」という気になった。

そんなこんなですごく緩くもなく、ただ厳しくもない就活を始めることにしました。

なんでやることにしたんだろう?と自分でもとても不思議だった。なので考えてみた。

まずお金が欲しい。包み隠さずお金が欲しい。誰だって欲しいだろ、お金。お金があれば大体のことが出来るしわたしはわりとお金にものを言わせて解決させることが多い。だからとても欲しい(切実) パチンコで当てて大儲け!とかそういうことではなく毎月一定の金が欲しい。そのためには就職して固定の職に就くことが一番手っ取り早いと思った。

その2に就職して狂ってる人はさらに頭おかしいんじゃねえかと思ったから。

ナチュラルボーンちょっとおかしい人間として育てられた私なんだけど、ここから先は「狂う」ことを自ら演出して生きていこうと考えた。理想の自分になるために、言うならば新人類になりたくて。何にもなれなさそうなら普通と狂うをかけて私が新しいジャンルを開拓していこう。私がジャンルになるんだ。と思ったためです。やだぁ。とても21歳の発言とは思えない。ロッカーに様々な形態があるならば、働くロッカーがいてもいいのではないだろうか。狂ったロッカーの多数派がフリーターバンドマン固定職を持たないものならば、その中で少数派になってやろう。といあ悪あがきでもある。

 

そしてその3。これが一番大きいかもしれない。

わたしは過去の私を救いたい。

どうにも人様に自慢のできない人生を歩んでしまった私なのですが、自慢はできないけど後悔はしていない。しかしなかなか報われない。

後悔しないことと報われないことは比例はしない。わたしは過去の間違いだと一瞬でも思ってしまったあの時の自分を救うために就活をする。

「お前が間違いだと思っていたあの時を経たわたしはキチンと社会にも認められたぞ。大丈夫あの時のバリケードも嫌いだと言ったのことも全部間違いじゃなかったから。だからわたしは社会に認められた。」

普通の世界でも認められて、はみ出しもの世界でも認められた私は無敵になれると思う。だから、わたしは就活をする。

どこまでも自分のために生きたいから「嘘つきが勝つ」と言われる就活で一切嘘をつかずに、言うならばありのままのことを履歴書に書いたりしています。(だけど書類選考はほとんど落ちないし、えぐい人生もさらけ出してみればプラスになったりすると思います)無駄に愛想笑いしたりしないし笑いたいところで爆笑していたりするけど今のところ上手くいってない、という気は一切しなくて波に乗れている。無駄に直感が冴えてて二月の後半辺り、始まってもいないのになんか無敵絶好調で内定もらえるとかそういうのではなくただただ「これだったら自分を壊さずいける気がするどこまでも!」と思っていた。毎年毎年1年間の中で「無敵じゃん!」と思える時間がすごく増えているから本当に最高だなぁと思う。これが神様の与えたバランスならありがとうと思うし、運も実力のうちという言葉のとおりに通るなら、わたしはものすごく実力を発揮している。

望むものは全部手に入ってるし、これからも全部手に入れてきっとババアになっていくんだろうな。

とまぁこんな理由で就活を始めました。とくに辛いことはありません。(今はね!!!)

人生どこに目を向けてどの情報を脳に入れて幸せ感じる部分で選別してみることが大事だよなぁと糞ガキは今日も申しますね。

眠いのでねます(定型文)

 

日記八

見事に四月馬鹿になった所で新学期です。私めは無事四年生になりました。妹氏はもう社会人です。

今年は桜が遅いなぁとかまだ寒いなぁとか、そんな事のおかげか例年の春とは少し違って見える。

話は変わってわたしは人肌とゆうものがとても苦手だった。人に限らず小動物の温もりなどもあまり得意ではない。小動物に関しては今も苦手だ。

当時「人肌ってなんかぬるいし。ゆたんぽの方がいいよぅ」と思っていた。なんかしっとりするし握手も苦手だった。

物凄く気持ち悪いことを承知で言うと、わたしは握手会で人肌を克服した。初めて「生き物の肌っていいもんだなぁ」と思えたのは2015年の春だった。私の手を包み込むその手は大きく、ごつく、どことなく大好きな父を思い出させる造りをしていた。ふと小さい頃、父と手を繋いで買い物に行ったことを思い出した。ファザコンだったのでいわゆる反抗期が起きる年齢になっても手を繋いで買い物に行っていた。

あの時の記憶が蘇って、「あぁそうだ小さい頃は自分から誰かの手を捕まえに行っていたなぁ」そう思ってからは何となく、握手もハグも嫌いではなくなった。

人間というのは欲張りなもので、慣れてしまうとそれ以上のものを欲してしまう。

もっと人肌の温もりが欲しいだとか。

世の中にはどうでもいい相手でそれを埋められる人間がいる。私はそんなに器用ではないので、そうゆう気持ちを埋めてもらうなら好きな人以外嫌だ!と思ってしまう。

そんなこんなで今年の目標はきちんとした恋人を作ることです。

 

私のいいところは誰にでも分け隔てなく接するところらしい。自らそれを認識する前に誰かから褒めてもらえたおかげもありそれに対しては劣等感を感じることなく生きている。がしかし、分け隔てて接することの方が上手くいくという不条理もある。

正論というのは論じているうちは正しいが、行動に移すと間違いだと言われることの方が多い。日本は特にそういう傾向が強いと思う。その中でも私はやっぱり好きな人でもダメなことはダメだと言いたいし、嫌いな奴でも才能があればすごいなぁと思う感覚を大切にしたいと思う。

 

わからないねむいねる。

日記七

星野源の新作エッセイを手にしてほくほくしてました。読み終わり、こういう大人になりたいなぁと切実に願う。

 

就活のために週に4日ほど都内に行く。その姿を見た母親が「あんたが就職に対してそんなに前向きになると思わなかった」と度々いう。本気で就活すると思われてなかったんだなぁ!と感じ、いつ挫折してもいいなぁという安心感が生まれました。さすが私の母親を21年やってるだけある。

 

初めて一人でお酒をお店で飲むという体験をしました。出会いとかクソくらえと思っていた。しかしお酒とシーシャを嗜みながら店員さんと話したり、隣に座っていたお兄さんと話したり、団体できた外国人の人の日本語の発音がおかしくて笑ったり楽しいなぁと思ってしまって少し悔しかった。

 

星野源のエッセイを読む時、もれなく彼の作った音楽を聴きながら読む。耳から目から彼の作ったものを吸収していると星野源に溺れるような感覚になる。その人の中にまるで入り込んでしまったような気がする。想像力妄想力に長けていると悪夢を見やすく眠りもあまりいいものが取れないらしいのだけどそういう感覚を得られるならそれでもまぁ良かったなと思える。だから作品というものはすごい。個人的にcrazy crazyがとても好きです。YELLOW DANCERには確実に収録されてる。

 

お前は誰彼構わず自分を全部出しすぎなんだと言われたり、ありのままのあなたを見せてくださいと言われたり矛盾ばかりで嫌だなぁと頬杖付きながらフリクションで落書きをしては消すような日々を送ってる。不毛だなぁと思いながらも生まれてこの方不毛と不条理とは仲良くやってきたつもりなので(それでもたまに殴り合いの喧嘩になったりする)これからもよろしくやっていきたい。

 

そろそろ寝よう。明日は髪を切ります。