日常とは

一週間ほど前、我が家で飼っている犬が倒れてそれから家族全員神経をすり減らすような日々を毎日送っている。

ゆえに、全員毎日疲れている。笑

 

もうだいぶおじいちゃんなことや、倒れた時に病院で精密検査をしてもらったら病気的なものもたくさん見つかり、数日前にはもうなんの治療もしない方がいいかもしれないと言われたので家で介護をしている。病状的に、最後は激しく痙攣を起こすかもしれないと言われているので、いぬが少しでも唸ったり動いたりするとハッとするし、その度に冷や汗が出てこっちの心臓が止まりそうになる。

 

クリスマスだったのでいつものお肉屋さんで買ったチキン、今年は奮発して買ったケーキを食べたけどなんとなくあまり美味しくない気がした。

状況も状況なのでみんな明るく振る舞うんだけど、ふとした瞬間の沈黙がいつも以上の沈黙で、それにも精神が削られる。

基本的に私は周囲の空気が明るくないとやっていけないタチで、特に家の中がそういう状況なのは耐えられなくて、昔からそういう時ほどいつも通りに過ごそう精神が強く空気を読まずに(あえて読んでないんだよ!笑 )いつも通りにテレビを見て、いつも通りにニュースにケチをつけ、という日々を送ってる。まぁ!これが疲れるんだな!勝手にやってるわけだけど!

 

何かがなくなっても、死ぬとかその場から居なくなるとか、こちら側が生きていかなければならない事には変わりなくて、世の中にはどん底まで落ち込みたい人もいるだろうけど、落ち込んだままでは生活出来なくて、人間というのは周囲の空気に流されやすくてみんな落ち込んでたら落ち込みっぱなしになっちゃうのはよくないと思うしそういう時に空気読まない奴がいてもいいよね?と私は思うし、そういう存在は私は有難いと思うので、わたしはそれをするしかないのだ🐶

 

以前、両親が離婚した時母親に

「あんたはいつでも明るいというかなんというか。喧嘩しても翌日になったらケロッとしてるしまぁそれがいいとこなんだろうけど。」

と言われた。それでいいのだ。わたしの思うつぼなのだ。悪く言われようが、わたしがそれに耐えられないから明るくするだけなのだ。

別に私が悲しんでるところで世界は変わらないし、結局他人は他人なので悲しみを背負うことはしてもらえないだろうし、(わたしも誰かの悲しみを背負うことは出来ない)だったら明るく過ごそうぜ!美味しいもの食べてお笑いみて笑おうぜ!日常万歳!ってしてた方がちょっとは気が楽なのではないだろうか。

まぁわたしだけの理想論かもしれないけど。

 

 

そんなふうにごちゃごちゃ考えてるせいでいつもより睡眠の質が非常に悪い。

そういえば音楽をまともに聞くこともここ一週間してなくて、意識すると猛烈にいつもの曲を聞きたくなって、でも疲れてるので大きい音は聞きたくなくて、一昨年のぶうさんのアコースティックぱやぱやを聴いてたんだけど秒で眠れました。あと朝まで一度も起きなかった。

 

ぶうさんにはセラピー効果があるみたいなのでみなさんもお試しあれだよ🐷