思考

語彙力や考えるについて考えていた方がいらっしゃったので、私も考えてみます。

 

私はよく「脳の情報量が多い」と言われます。考えてることが多い上にそれが口から出ちゃうんだよね。よく家族にもうるせぇと言われます。でもこれは自分の脳の中を整理したくてやってる事だし、そうしないと整理できないからそうしてるだけで出来たらやりたくないです。まぁ今は時間にもお金にも余裕があるので考えるのも悪くないなとは思ってるけど、なんかマイナスなことがあると眠れない食べれないの状況まですぐ落ちちゃうくらいに思考が止まらなくなってしまうから、そのへんは厄介かな。

 

中学生くらいの頃は知識もないしそれこそ語彙力もないし考えることも得意じゃなかったから「なんで学校行きたくないの?」と聞かれても「仕方ねーじゃん行きたくないんだから。」というポプテピピックのようなことを言っていました。謎な子供だっただろうね。

 

私は考える人としては遅咲きで、大学1年の頃、友達もいない、お金もない、時間だけはある、みたいな時に行く場所が大学の図書館しかなかったんだよね。そこで片っ端から置いてある本をジャケット判定して読んでいって今に至るって感じ。あとはそれを見てた友人が勧めてくれた作家さんも読みました。嶽本野ばらちゃんなんかはまさにです。

感想って誰もがしている、せざるを得ない考える行為のひとつだとおもいます。だから本や映画に触れる、というのは勝手に考えるに繋がっていたんだと思う。多分。

 

 

そして、こうやってアウトプットすることが面白いと思ったのは大学でレポートを書くようになってどうしたらいい感じに自分の考えてることが伝わるか、という方法を学んだというのが単純な理由だと思います。伝わると面白くなってきちゃうんだよね。

そこで伝わるというのは相手のレベルにも左右されることも感じました。教授相手(知識量が多い人)にはわかってもらえる事がこいつアホちゃう?とおもう教授と同年代同じ時代を生きたはずの人には伝わらなかったりしたからです。

あとこいつ面白いなーと思う反応をしてくれた子が読書や映画を見る頻度が高かったっていうのがある。

わたしはなるべく相手が伝えてくれた多くのことをちゃんと受け止めて、手応えのあるお返事をしたいと思ったので本なり映画なりを積極的に読んだり観たりするようになりました。特に好きな人の様々はしかとうけとめたいのでひっそりとその子の好きな物を漁ったりしていました。

 

ここまで書いて思い出したんだけど、子供の頃に親から「あんたはすぐ分析するんだから。やめなさいそういうの。」と言われていました。今となってはわりと長所だな、とおもうんだけど分析する子供嫌だな。鬱陶しいもん笑。

遅咲きとか書いたけど結構天性のものだったのかもしれないです。

 

今もだけど、伝われ伝われと思えば思うほど文って長くなるのよね。仕方ないんだけどそれって結構伝わらなくなる。削った上で長くなるのは仕方ないんどけど一発書きのブログとかって後で読み返すとうわ!ってなったりするものが多くてわたしはわりと後日加筆修正してます。

 

好きなものに対しては、たとえば歌詞だとかそういうものには接続詞のひとつひとつに対して物申したくなるタイプです。いつからこうったんだろう…。

ここはなんで「は」なんですか?とか言いたくなっちゃう。納得したい。

知らない言葉があればすぐに調べたいし調べられない状況だと発作が起きます。

楽器のことに関しては素人なのでなるべく口を出したくないし出したところで知らないことがバレるので言いません。プロに失礼な気がしちゃって無理。

 

基本的におばかさんなので頑張って都度調べたり時間があれば映画や音楽には触れてみてる努力はしています。なかなか追いつかないんだけどねぇ。

そうやってるうちにわたしの考えるは出来てきました。23歳なのでまだ伸びしろあるって思ってるぞ!

 

余談ですが私は最近の好きだと語彙力なくなっちゃうの好きじゃないのよな。

結局語彙力ある人が好きでうわーってなってポロッとでた発言とか語彙力あるもん。センスとも言う。

それの表面だけすくって「語彙力が〜」と喚く人が心底嫌いっ☆インプットしてから出直せ。

あと憧れている語彙力お姉さんがいらっしゃるのですが、ああいう方はどう育ったんだろう…というのがすごく気になります。ああなりたいなぁとおもうんだけど、そもそも私は「お姉さん」になれる気が一生しない。こう、雑魚な後輩感が拭えんのよな。わたしは。

 

微熱がでてたんだけど考えてたら上がってきた気がしたのでねますゆえ。