来世はきっと

好きな曲がライブで聴けるととても気分がいいです!

 

最近、きっと来世では死ぬまで好きでいるからね。と思うようなことがありました。勝手にね!そういうエモな感じになる時、あるよね。

好きなんだけどあの時みたいにすきではなくもうダメだ、と諦めや無念や虚無が入り交じる感じ。ようやく今世ではだめそうだと思えるようになったので、来世でまたね、ということにしました。きっときっと来世ではいちばんにすきだとおもうんだ。

 

その流れというか、ある意味での死別を歌った曲があるんです。何とは言わないけど。

死別って文字の通り死を通じて別れる、という事だと思ってたんだけど、その曲は

「夏休みにどこか遊びに行って、そこで出会った子と仲良くなって日暮れまで遊んだんだけど、それからもう一生会うことはないみたいな。」「それって事実上死別じゃないですか?」

と作者が言っていて、あ、こういう死別の考え方もあるんだなとなーーーるほど!!と思った次第です。

それを知って、ああじゃあ日常の瞬間も実は死別と隣合わせなのかもしれない、大好きだったあの人ともあの時が最後だったかもしれない。もっと大好きだっていえば良かったなとか、そういうのがふと浮かんでもっとちゃんと瞬間を大切にしようかな…と思いました。思ったところでなかなか実行出来ないけどね。

 

死ななくても死別って概念は存在してるよね!たとえばバンドマンがバンドマンを辞めます!普通に働きます!となったらそれも死別だよね。どこかで生きてるけど今までみたいに同じ空間で笑い合うことも、話すことも出来ない。いや場合によってはできるのかもしれないけどそれは特例だと思っておく。

そうやって日々死別を繰り返して生きてるのかもしれないと思うと、尊さとかそういうのが湧いてくるっていうか。ねむたくてうまくいえないけど。

 

最初の話に戻って、きっと来世はずっと好きでいる予定の方も、もう死別してるのかもしないわけなんだよな。だからといって今世でまた好きになることは出来ないんだけど。

 

 

死別なーーというおはなしでした。