人間を放棄すること

書き忘れを思い出した。

 

私が嫌だなあと思うことに理由がないこと、がある。例えば流行りものを流行りものだから可愛い!ということなど。

なぜ可愛いのか、このフリルが可愛いんですか?何故ですか?といいたくなる。好きを目の前にしたら理由なんて関係ないと思うけど、そんなことないと思う。作れよ!

 

なんでこんなに理由がないことが嫌なんだろう?とわりとずっと考えてたと思う。

中学に行かなかった時も「なんで行かなきゃ行けないの?」「義務教育だから!」「なんで義務教育だと行かなきゃ行けないの?」という押し問答を自分の中で繰り返してた気がする。

実際の義務教育って国や保護者が子供に教育を受けさせなければいけませんよ!というものなので、塾に行ったりたまに宿題を出してもらっていたので義務教育的なことはちゃんとしてたなと今は思うんだけどね!

高校に行く時もそう、でもあの時は「ちゃんと生きたくなった時に高卒の資格がないのはきっと困るから!」と超絶真っ当な理由を必死になって(ここ重要)説いてくれたのでちゃんと行きました。そうやって必死になって誰かが説得してくれることにその時はおぉ😇となったんだろうなあ。

 

恋愛もそう。興味ないからしないんだけど、みんな「経験しといた方がいいよ。」という。なぜしておいた方がいいのか?というとみんな苦笑いする。私は納得できる理由が考えつかないから今のところするつもりもない。

 

なぜそうなのか、なぜしなくちゃいけないのか、なぜしてはいけないのか。

誰かに「〇〇だからだよ。」と言われて納得できればいいけど大概のことは納得いかないから考え続けてきました。

だから、考えないでルールだからとか昔からやってるから、とかくだらねぇ事にスムーズに乗れる人があんまり好きじゃないしイラッとするんだよね。これは今年発見できて良かったことです。

なぜルールを守れる人にイラッとするのか、の理由を考え続けた結果が自分で見いだせてよかった。いうても本を読んだからなんですけど。

 

その本は「なぜ人を殺しては行けないの?」という問いに「そうやって聞いてくる人は殺すなって言ったら殺さないだろうけど殺せと言ったら殺してしまう可能性がある。そういう疑問を他人に答えを出させようとしてるから。」というニュアンスで答えていました。これって全ての疑問に対して通じる答えだと思います。

考えることを辞めたら人間ではなくなる、とも書いてありました。

わたしはその片鱗をなんとなく小さい頃から感じ取っていたから「理由がないこと」が嫌だったんだろうか?と思いました。

大人になったから治るもんでもないし、なんなら職場でもめんどくさいどう考えても端折れる工程なんでやるのかしょっちゅう上司に聞いてるしな。(さすがにトゲのある言い方はしないけど)

 

ちょっとまとまらなくなってきたけど!

この年の瀬に自分の中でモヤモヤしてたことが解決してよかったな!とおもいまちた!

スッキリ年越し!